こんにちは。
なつめれいなです。
ここでは、ライターとしてさまざまな顔を持ちながら活動をしているなつめれいなが、なぜここまで自分自身を表に出せるようになったのか。
その原点を探っていきます。
最初は幼少期です。
なつめれいな~現在の活動
現在は、ライターとして8つの顔を持って活動中です。
- 落語家
- 講談師
- オリジナル落語・講談の制作
- マンガの書評・コラム
- 百合(ガールズラブ)の書評・コラム
- 小説・一般書籍の書評・コラム
- マンガ原作(小説)
- メルマガライター
ここではメルマガライターとしての活動、ライターとしての考え方を主に発信しています。
各サイトは鋭意制作中です。
記事を公開したらリンクを貼るので、しばらくお待ちください。
それにしても、よくここまでさまざまな顔を持てるものだと感心しているところです^^;
なつめれいなの自己紹介
1973年2月3日生まれで51歳です。
生年月日と年齢をいうと、なぜか皆さんに驚かれます。
実際に「もっと若い人を想像していた」と言われることも多いですね。
男性として女性として
別サイトの記事でカミングアウトしているとおり、私はT(トランスジェンダー)でL(レズビアン)です。
親しいお友だちにカミングアウトしたのが、2005年の8月15日。
そこからは女性として生活しています。
なので、男性として32年半、女性として18年半過ごした計算です。
周囲には「女性としての成人式だよ」と言って回っています。
次の目標は、上にあるイラストのような恋をさせてくれる彼女を見つけることかな(*^^*)
こういうことばかり言っているからでしょうね。
「チャーミング」とか「かわいい」なんて、よく言われます。
なつめれいなの幼少期
さて、前置きが長くなってしまって申し訳ありませんでした。
ここからは、私の幼少期について書いていきます。
毎日誰かがいる家庭環境で育つ
実家は自営業をやっていて、2階では叔母と祖母が洋裁をしていました。
伯母が学校の校務技術員(当時の用務員)をしていたこともあり、よく学校の先生が生地を持ってきては服に仕立てていたものでした。
小さい時は寝ていると顔を覗き込まれていたり、よく構われたりしていたので、1歳~2歳頃にある人見知りはほとんどなかったと聞いています。
小さい時に好きだったのは蚊帳です。
なぜ好きだったのかはわかりませんが、よく「蚊帳吊って」とせがんでいましたね。
2~3歳頃には、祖母の部屋で布団を並べて寝ていたものです。
よく言葉の意味を聞いていた小学生時代
小さい頃は、叔母に「本読んで」といっては絵本を読んでもらっていました。
特に好きだったのは、カロリーヌの月旅行ですね。
大きくなって自分で本を読めるようになってくると、今度は家にある本を片っ端から読んでいきます。
今思うと、小学生には難しい本も含まれていたでしょう。
それでも、わからない言葉は祖母をつかまえて「読み方を教えて」とか「意味を教えて」と言って、祖母と一緒に辞書を見ていたものです。
あまりに何個も聞くので、最終的には「辞書を買ってあげるから、自分で調べなさい」と言われましたね^^;
性別違和に気づいたのはいつ頃?
御厨稔先生のマンガで『大きくなったら女の子』という作品がありますが、私も小学生の頃は大人になったら女性になれるものだと思っていました。
当時は仲の良い友だちもいたので、遊びに行った時はよくお洋服を自分の体に当て、女性になった私を想像していました。
しかし、小学校3~4年の頃から少しずつ「おかしいぞ」と思い始めたわけです。
それはそうですよね。
男子のグループに振り分けられるわけなので。
あとは、女性から男性に性転換された方のエッセイを読んだのも、私にとっては大きかったかもしれません。
七夕の願い事とか学校行事でやる時は、飾りにつける用には当たり障りないことを書いておいて、自分で持っておく用には「かわいい女の子になれますように」なんて書いていたものです。
また、当時はよく「魔法が使えるなら、真っ先に自分を女性に変身させる」とも思っていましたね。
当時から妄想力全開でした
幼少期を振り返ってみましたが、いかがでしょうか。
思い出してみるのに、自分自身で「当時から妄想力全開だな~」と恥ずかしいやら何やら^^;
現在はトランスジェンダーMtFの女性として生活できているわけですが、今を除けば小学生の頃がもっとも私に近かったかもしれませんね。
中学~高校生までは、このあたりのことはできるだけ表に出さずにいたので、私の中では暗黒時代的な位置づけになっています。
そのあたりのことは、またあらためて書いていきましょう。
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